若手教員の「自分はすごい」感が、まあ、、、ひどい
だからといって、ベテランがすごいかというとそんなこともなくて、そもそも評価される人ってそんなにいないなあというのが私の感覚です
まず普通の業務を普通にやるのは、「普通」なんですね
ですから、若手がいかに学級経営を頑張ったとしても、特別な成果を出さない限りは「普通」なんです
でも、若手は経験も浅いから「担任ができている」ことや「授業ができている」ことに満足して、私はすごいって思っちゃっているし、うちの場合には契約から正採へ上がりたいわけで、「すごい私は正採間違いなし」なんて思って、3年間で契約切りにあってしまう
若い人のことを言うと、そもそも「あなたたちは担任くらいしか仕事がないでしょ?」ってことで、「クラブも校務分掌もやって当たり前だから」と言いたいところであるが、言わない
仕事をするって、与えられた仕事をすることだから、普通であり、契約の方々のレベルは仕事の分量が減らされているから、普通以下です

ここの認識のずれがものすごくひどいからね・・・
ですから、ほとんどの人がまずは「普通」の仕事をやれるようになるのが先決であり、中堅・ベテランもこの域でしかない
評価される人って、この普通ではない領域に達している人である
自慢話になったら申し訳ないが、どうも私は評価されている人のようです
私としては、「普通」で何も期待されない教員人生を送りたいのですが、そうはいかないようです
私が普通ではないのは、言わなくても次の仕事を始めるし、先の仕事をやる、またその分野で新しい提案をどんどんします
開拓もするし、それを実行にさえ移したりもする
つまり、放っておいてもどんどん仮説を立てて物事を進めていけるというのが「普通ではない」ようで、私にとっては「普通」なんですが、確かに周囲を見渡してもそういうことができる人って本当に少ない
与えられたことを与えられたようにやっているだけで、そうか、これが「普通か」と納得してしまいます

私にとって普通が、周囲では普通ではない、この感覚のずれって本当に、私の若い頃には苦労の種でした
みんな無駄なことを一生懸命になってやっているんだけど、誰も無駄だと思わなかったようで、「無駄な作業」と一蹴してしまう私は常に異端でした
そして、問題なのは「普通の人は普通でない人が理解できない」ので、いかに優れた提案であろうと普通でない人の話は、「普通以下」と判断されて却下されるのですからね
能力ない人ばかりだなと思っていましたね
特に効率の管理職は「人柄だけ」ですから、能力なんてあったもんじゃないってね
私からすると、結局、若手って「何もできていない」に等しいんですよね
だって、報告・連絡・相談さえできないのですからね
こうやって思うからこそ異端なんでしょうね


コメント