仕事って楽しい
けれど、辛いこともあるし、体を壊すこともある
難しいものです
幸せな働き方って何だろうって実は毎年のように考えているし、年によっては出る結論が変わったりもする
だから、幸せというのは、案外、そのときの気分や経験、環境によってずいぶんと違うなと思ってしまいます
今考える幸せな働き方って、自分の時間がとれることです
今までは「他の人よりも成果を出したい」「学校のために」ということがものすごく強かったと思います
でも、その働き方って自分を犠牲にする働き方だなと最近強く思います

その大きな部分は妻からの反対と、私自身が体を何回か壊したからです
まあ、ひどいことではありませんが、腰が痛い、足の裏が痛い、体調を崩すといったものです
これらが起きるときって必ずと言っていいほど、無理をしているのです
無理をしているときには、基本的に「俺、仕事している」って酔っています
酔っているから気持ちがいい
だけど、家族は迷惑だし、さらに体調を崩されるとさらに迷惑であるし、私自身も健康を損なうのは違う
給料をもらっているからと考えていたけど、給料って定時の料金であって、サービス残業は別なんですよね
なんだか「これだけの金額をもらっていて、申し訳ない」って気持ちが、サービス残業を肯定するようになって、それが当たり前になって、まずい仕事のやり方になって悪循環してってなっている
それに気づいたのは吉兆です

学校側はサービス残業分の支払いをしようとはしませんから、搾取しているのと同じです
「教員が勝手にやっているのだ」とね
学校のためと思っていても、ここって冷静に考えるとおかしいですよね
管理職も「よくやってくれて助かっている」って言いつつ、サービス残業の分は払わないのだからね
ここに搾取の構造がある
払わないのだから、こちらも残業をしないように仕事を終えるようにする、それが当たり前にしないといけない
外国人の派遣教師が言うには「日本や日本人は素晴らしい。でも、働き過ぎでクレイジー」と
おかしいんですよね
でも、長時間働く人のことを評価する文化は未だに根強く残っているよね
きっと学校って、ここの新旧の価値観の戦いの最中なんだよね

この戦いはいずれ間違いなく「残業はおかしい・やるべきではない」が勝ちます
これが時代の流れですから
となったら、なぜ、今私は抵抗しているのでしょうかね
不思議です
近視眼的な働き方をやめて、仕事に対して距離を持つようにする、これが私の最近の考えていることです
仮に首になっても貯蓄もあるからという余裕があるのが大きいところかもしれませんが、ずっとしがみつかなくてもいい、という気持ちがあるから、考え方をもっと広く取ることができる
ヨーロッパって職が流動的らしく、それっていつでも再就職が見つかるってことで、「今この職場に縛られる必要が全くない」という自信から、働き方が規定されているのかもしれません
だから、今やるべきことは、仕事から距離を取ることであって、取ってみるとわかることが多くあるわけです
その段階に来ていて、新しい私なりの幸せな働き方を探すステージに来ているってことかなと思います

こうしたことも、ずっと考えてようやく言語化できてきて、もやもやしているところでもあります
結局、幸せな働き方ってなんだよってことになりますが、
・残業時間を減らす(月20時間)
・持続可能な働き方、つまり無理をしないやり方
・空き時間を持つようにする
・タスク管理をもっと突き詰める
・潔く帰る
というあたりになるのかなと思います
それができるかどうか、それは新年度の課題とします
目標を持ちつつ、それをきちんと振り返る
この習慣を持ち、新しいステージに行きたいところですね


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