うちのような平均以下の高校では生徒は勉強はしません
勉強はしないけど、国公立大学にはいきたいと希望する生徒はそこそこにいます
そんな生徒に「勉強を頑張れるか?」と聞くと「頑張れます!」っていうわけですが、実際に勉強をさせるフェーズになると「うーん、ちょっと・・・」といって勉強しようとしません
これが現実
スマホがあって、ゲーム機があって、楽しいことばかり合って、その誘惑に勝てるだけの自制心がある生徒って、そもそも学力があるって訳です
地域のFラン大学に行く生徒なんて、「今は勉強しないけど、大学に入ったら勉強する」といいますが、大学に入っても勉強はしないわけで、いかに「今を正当化するか」だけなんですよね
これこそ典型的な逃げの一手であって、それをひたすらに繰り返しているわけですから、勉強なんてしない
つまり、スマホやゲームなどの誘惑を断ち切って努力できるかという点で、学力はそこを乗り越えた証になるわけで、その人の「努力指標」「忍耐指標」ともいえて、つまりは学力があるということはある程度の人間力が備わっていると判断できるわけです

つまり、ここからの価値の転換を図らないと意味がないわけで、長年の習慣から抜け出せるかどうかであって、、、非常に難しい壁です
国公立大学にいきたいという思いも、「プロ野球選手になりたい」というのと同じレベルでの発言であることもしばしば
つまり、国公立大学にいけたらかっこいいよね位の感覚で、そこに至る道なんてものはない無計画なものです
そもそも本気でそう思っているわけでもないし、そこにいけなかったら死ぬわけでもないから、まあ,なにもしないわけで、だから価値もないわけです
勉強できても意味ないと多くの人や影響力がある人が言いますが、あの人達の言っているレベルって東大レベルの話であって、Fランレベルであれば当然ながら勉強できないと価値がないわけですよね
こうした文脈の違いがわからないからいけないのですが、、、まあ、生徒達を本気にさせることができる高校が生き残っていく高校になるでしょうね


コメント