働き方についてあれこれと考えるようになっています
この辺は、自分の年齢が上がってきてライフステージが変わったこととともに、できる仕事がものすごく増えたことによるもの
正直なところ、ものすごく仕事の密度が濃くなってきたし、他の人が忘れていることも覚えていて手抜かりがないなど、仕事のクオリティが高い(と自分で言うのもなんですが)のですが、それとともに感じるのは、
私の仕事って異常に多くない?
って感じることがものすごく増えてきた
他の人が1日かかることを私なら1時間で終わることもざらにあります
なぜなら、AIに処理させたり、AIでシステムを組んだりしているから
この繰り返しで、何もしてきていない人の差は本当にものすごいものになってきているし、物の考え方の効率化も全く違う
ゆえに、仕事が多くなってきている
私の自意識過剰な言い分かもしれないけれど、仕事が多いことに対して最近は不満に思うことが多くなっているのが現実です
もちろん、クラブを熱心にやっている人も多くいるし、単純には測れないけれどね

で、考えているのは、このままのことをこの通りにやっていたらいつか自分は破綻するってことであり、健康面に影響が一番出てくるだろうと
意図的に仕事をしないようにする、頼まれないようにする、早く帰る人間を演出するなど、何でも屋を卒業するようにしていこうと思う
「そんなことをしたらお前の便利屋としての価値がなくなるよ?」って私自身が問いかけてきて、それはそれで恐怖であったりする
が、持続可能な働き方をするためにはブレーキが必要だし、効率化を進めてきた部分でその分早く帰ることにシフトするべき
そのために大事なのは、タイトルにある線引力かなと思うんですね
放課後に生徒と雑談するのは楽しいものでしょうけど、それは何時までしますか?
生徒と過ごすのは教員として大事なこととともに、「楽しい」わけですよね
残業と楽しさのどちらを優先するかの要は「線引」が必要になってきます
ここが上手にできていないからずるずる残業が増えていくわけです
線引をするということは、「私はこういう教員です」と示すことになりますので、今までとは違う線の引き方をするならそれを周囲に明示することになります
明示したならそれを一貫性があるものとしてやっていく必要があります

今の教育現場は、残業圧力が自然とかかる構造です
それに逆らわないと「定時退勤」は絶対にありえないわけで、子育て世代は早く帰るのはまさしく逆らう行為をしているから
意図的な仕組みを取り入れているから実行可能なわけですね
となると、私たちも同じように意図的な取り組み、つまりは線引を発動することが必要になります
言い換えるなら、自分の人生をきちんと自分で送るということです
何もないから周囲に合わせた人生を送ってだらだらと残業をすることになるわけです
私は私であって、主体的に生きるべきであり、人生=仕事ではなくて、仕事は人生の一部でしかないわけであって、他の部分を大事にするべきです
そのために、線引力
と自分に言い聞かせてやっていきたいなと意思の弱い私は定期的に思いますが、そろそろ時代も環境も変わりつつあるので、そこに対応してやっていこうと思っています


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