問題生徒を中心に「自分は価値がある」と心の底から信じているようですが、学校が生徒のことを大事にするのは、価値があるからではなくて、単純にお金を払っているからです
「対価とサービス」
それだけの関係性でしかありません
ですので、卒業した生徒にはサービスを提供しないのは「対価」を支払わないから
転学した生徒が校内に許可なく入れないのは「対価」を払わない部外者だから
単純明快だけど、生徒は学校が提供してくれるサービスを「自分の価値」だと思っている
つまり、自分が偉いから教師たちはある程度言うことを聞いて、ある程度好き勝手ができるとね
保護者も勘違いをしていて自分が偉いからごねてもなんとかなると思っているのだが、「対価」を払っているからこちらもサービスとして対応しているだけのこと
それだけ

教職は聖職だなんていう馬鹿がいるけど、そんなものはない
我々労働者は雇用契約を守っているだけに過ぎないわけで、聖職なんてものはなくて、そんな馬鹿なことをいう輩は「ブラック残業」をさせたい搾取したい側の発言である
大学にしてもそうであって、Fラン大学があってだめな生徒たちのセーフティネットのようになっているが、あれも結局は「対価」を支払っているからであって、ただの金づるである
金づるが許容範囲の言動であれば見逃されているだけのことであって、この仕組みをいつ気づけるかである
そもそも学校という場は学びの場であって、学びとは自分の実力を伸ばすところという意味である
問題生徒たちは「親が言うから」「学歴のため」「なんとなくいってやっている」くらいの感覚で学びではなく、自分が選択した責任からではない
すべては人のせいであって、自分のためでもない、だからいい加減なことをして問題を起こすのである
ただ、いつまでも対価を払い続けることはできないから、今度はサービスを提供して対価を受け取る側に回らざるを得ない
そのときに、自分の考えがいかにだめだったかを痛感するだろう
と思うけれど、この手のタイプはどんどん落ちていって、そこで文句たらたら言いながら他社責任で生きていって、親のすねをかじり続けるのだろうとは思うけれど
問題保護者にしても、学校に責任をなすりつけられているうちは良かったけれど、そうできなくなってきたら、どうしようもなくなる現実は知ることになり、現実は見たくないからお金を渡し続けることで見ないようにする以外になくなるわけです


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