考えるという生産的なことをしよう

生徒たちの堕落はひどいものがあり、そればスマホの普及によるものだと言えます
生徒たちは「快」を求めて何も考えないようになりました
だから、馬鹿なことしかいわないし、物事を理解出来ないようになりまりしたし、即物的な楽しさがなければならないようになりました

生徒たちがやっていることって生産性が全くないんですよね
授業から逃避して、ゲームやショート動画ばかり見て、「勉強なんて意味ない」と言い放ち、ゲームやショート動画には意味を見いだしているようです
それって、ただ単に「暇つぶしをしているだけ」でしょう?

まあ、そんなことを言い始めると教員もどうかとなってきます
ゲームにはまっている教員もたくさんいますし、どうでもいいことばかりやっている人もいますし
それは余暇活動だから良いということでしょうけど、生産的なことをやっているかと心配になります

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最近よく思うのは、人生どれだけ考えたかです
思考を巡らすことによって、頭は良くなるし、生産性が上がる
無駄なことをいちいち考えるのも大事で、いろんなことにひっかかりを覚えて思考するから、仕事でも生きてくる

人生はどれだけ頭が良くなれるか競争であるというと反対されるもしれないけれど、私たちは賢く生きていかないと先の未来で躓くのではないかと考えています
つまり、現在、なんとなく仕事をこなせているかもしれないけれど、それは未来永劫ってことはない
数年スパンで変わるもの

そうした変化にたいして、頭が良くなれるか競争をして、特訓方法が「考える」こと
そのために、必要なのはゲームや動画の時間をいかに減らし、読書や試行錯誤にいかに時間を使うようにシフトするかどうかです
「快」のシフトであるともいえます

この意味では、誰も読まないブログをずっと書き続ける行為はまさに「考える」ための創造的な時間と言えて、最高!なわけ
そもそも頭が良くなれるか競争なんてしたくないよって人も多いけどね
でも、自分が自分らしく生きるためにはどうしても必要な要素だと思うんですよね

職場の知能の低い人たちを見ているとね

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