平均以下の高校では、国公立大学は高嶺の花であり、地元の大学に進学するのが既定路線
ですから、生徒たちもそれに違和感を覚えることもなく、選んでいくことになります
ただ、国公立大学を考えても良い生徒がいるので、上を目指せということは度々ある
生徒は「地元の大学でやりたいことがあるので、それでいいです」みたいなことをいう
そのときに、私はどんな生徒が来るかを考えて見てという
これが適切かどうかはわからないけれど、「大学案内で載っているきれいなもの」と「現実の大学生活」は別物である
同じクラスのくず人間である〇〇でさえ、あの大学にいけると思い至ると、露骨に生徒は嫌な顔をする
国公立大学なら人気があるので「努力した人間が来る」のであり、「誰と同級生になりたい?」と問いかけます
地元の大学でもまとも大学生はいるので、「誰と友達になる?」「そのために、君はどんな人になる?」というわけです

つるむ友人たちの影響をもろに受けます
そのことを考えるなら、大学案内に書いてあるきれいなことはおいておいて、その大学に集まる人たちのことを考えて、どんな人たちとどんな授業になるのかを考えていくと、どんな人生が待っているのかなんとなくわかる
大学進学って同級生を選ぶためのものってこと
ただ、学級で話をするときには、ぼやかしていうことが多い
学級にはくず生徒もたくさんいて、クズはそうしてFラン大学に居心地の良さを感じるから
まあ、それが現実ですよね
もっといえば、大学によって就職先が変わるというのは、どんな同級生がいるか、つまりは同級生の人間的な価値がある種、大学偏差値と比例しているからであって、学歴フィルターなんて言われるけど、そりゃ当たり前だわってことになります
Fラン大学いってまともに就職できると考える方がおかしいよ
教員でさえ、「あのFラン大学出身かあ、、、あいつはだめだな」ってなりますから


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