だめな生徒があるタイミングで「いい子」を見せる
そのいい子を見せられて担任としては「成長」したなんて思ってしまうが、それは「ただの気まぐれ」であって、その生徒の本質ではない
そして、今までのだめな部分が出てきて、裏切られたと考えてしまう
だめな生徒はずっとだめなまま
それが本質である
職場にいる問題ばかり起こす教員、力がない教員、いい加減な教員は、ずっとそのまま、だめなまま
なぜなら、
そうやって今まで生きてきたから
以上
なのだから。どれだけ改心したように見えても、ただの気まぐれである
そうであったら、問題生徒は問題生徒になっていないのです

ですので、だめな生徒の気まぐれにだまされてはいけない
だめなクズ人間であって、そんなクズ人間は「だます」「嘘をつく」のが常套手段であるからです
なんにしても驚くのは、私が大学生になると「だます」「嘘をつく」人間ってほぼいなかったんですよね
この辺は偏差値との関係でしょうけども、みんな人間としてまともな範疇に入っていたし、品性が少なくともあった
それが普通の世界であったのですが、中学校、高校で働いてみると、そんな範疇の生徒って案外多くないことに驚きます
そして、だます、嘘をつく人間と嬉しそうに付き合っている人たちもいるわけで、信じられないなあと思うわけです
よくもまあ、だめな人間とつるもうと思えるなと思うのだが、それが居心地がいいということは、その人は同じくらいだめな人間なんでしょう
まあ、信じられない世界ではありますが、だめな人間の元にはだめな人間が集まるし、そのだめな人たちは変わることもないのでだまされてはいけませんという話


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